teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


トッド「イスラム原理主義は多文化主義が生み出した。」

 投稿者:この道の者  投稿日:2018年10月20日(土)19時48分30秒
編集済
   (↑)この発言は同時多発テロが起こる2年半前だった…だと?

●今週のプレゼン本:エマニュエル・トッド『移民の運命 同化か隔離か』石崎晴己・東松秀雄訳 藤原書店1999

  それまでの大著『世界の多様性』『新ヨーロッパ大全』で氏が展開した世界の家族制度の類型に関する詳細な分析と考察を踏まえつつ、米英仏独それぞれで移民の受容のされ方が異なること、また将来における展望について論じた本です(『新ヨーロッパ大全』の方は私は未読)。Wikiの記述でもトッドの主張の大体のところは摑めるかと思います。

   本書におけるトッド氏の指摘で一番面白いなと思ったのが、昨今流行りの「多様性の尊重」概念は、英国やアメリカの家族制度を土台とする「人間には差異があって当たり前」なる「先験的な形而上学的確信」を背景として生まれたものであって、この人間観は「言語や文化・肌の色の違いなどは所詮“小さな差異”でしかなく、人間は本質的に皆同じ」なる「先験的確信」を奉ずるフランス(厳密には、パリ盆地に代表されるフランスの中心地)の人間観とは真っ向から対立するものであると主張している点でした(↓)。

◆◆◆

   差異主義の具体的分析のなかでもっとも重要なのは、アメリカ合衆国の分析であろう。兄弟間の平等に無関心なイングランドの絶対核家族と、人間を救済へと選ばれた者と選ばれない者とに峻別するカルヴァン主義に立脚するピューリタン入植者の強烈な差異主義を母胎として形成されたアメリカ社会が、人間の平等をうたう「独立宣言」の普遍主義と普通選挙の実現とが証明する模範的な民主主義を建設し得たという矛盾。トッドは「領主民族の民主主義」(ファン・デン・ベルへ)の概念を適用して、この謎を解明する。すなわち差異の観念を、最初はインディアン、次いで黒人の上に固着することによって、白人の間の差異の解消が可能となり、白人の平等の観念が成立した、という解釈である。民主主義の暗い秘密とも呼べるこのメカニズムは、バスクやスイスといった、直系家族型の社会の「民主制」にも、人類史上最初の民主主義にして、民主主義の原型と考えられる、アテナイ民主主義にも見いだすことができるのである。

   (p.552 訳者解説より)


――

   1965年から1990年にいたる期間、アメリカでは多文化主義という差異主義的イデオロギーが勢力を伸張する。各人が民族的出自にアイデンティティーの根拠を置くことが推奨され、さらには民族的な枠を越えて、女性とか同性愛者といったカテゴリーにまで還元不可能な特異な本質を想定しようとする風潮が一般化する。この多文化主義イデオロギーは、全世界に輸出され、ドイツ、日本、フランスにも押しつけられる。しかし白人に関しては、これは客観的な民族的差異が消失しようとしている同化の最終段階に出現したもので、民族的差異の探求と尊重とは、せいぜい民族独自の料理への(ときには見当違いの)こだわり程度で終わってしまう。つまりもはやアメリカには「複数の白人文化は存在しない」のである。一方、黒人の側に登場した黒人の特殊性を主張する差異主義(例えばブラック・パンサー)は、抑圧された黒人の自発的な自己発見ではなく、アメリカ社会特有の差異主義イデオロギーが押しつけられたものにすぎず、その準拠するところは、かつての人種理論の中核をなしていた生物学的本質論と同じものである。要するに、多文化主義とはアメリカの支配的イデオロギーの産物であり、無数の民族カテゴリーが織り成す万華鏡というアメリカのイメージは幻想にすぎず、現実には白人と黒人という二分法のみが存在する。それは十七世紀のイングランド移民の、選ばれた者と劫罰を受ける者という二分法が永続していることを露呈している。


   (p.138〈第五章の要約〉 )


◆◆◆

   こんなところにまでカルヴァン主義(予定論)が登場しようとはw。要するにトッド氏は、アメリカの唱える「多文化主義」・「多様性の尊重」なる掛け声は、既に混交婚がある程度進み、また文化的にもほぼアメリカ社会に同化された民族集団に対し、「あなた方が最早アメリカ社会を脅かす存在とはならないことを確かめた今、我々は安心して無害な差異を楽しむ」ことを宣言した、アングロ・サクソン系白人による単なる綺麗ごとのスローガンに過ぎないと語っている訳ですね。しかもそのためには徹底的に排除する人間集団(黒人)が必要不可欠なのだとも。

   そして (程度に濃淡の差こそあれ)同じく差異主義に立つ国(英・独・日)では、たとえ意識レベルで「人間の平等」を唱えたところで、無意識レベルでは認めていないので、アメリカにおける黒人同様に、差異の観念が何らかの(主に民族的な)人間集団に固定されることとなると氏は分析しています(例えば英国では移民はもちろん自国の労働者階級に、ドイツでは戦前戦中においては御存知ユダヤ人に、戦後はトルコ人に、そして日本では被差別部落民にそれぞれ固着した)。逆に言うと差異主義に立つ国では、これら特定の人間集団を目に見える形で排除することで、初めてそれ以外の人間集団を「仲間として迎え、平等化を達成」する傾向があると指摘しています。

   当然こうした差異主義は、人間の同等性・平等性を「先験的に確信」するフランスの普遍主義と鋭く対立することになります(尤もここでトッド氏は、フランスは決して普遍主義一辺倒の国ではなく、普遍主義的中央部と差異主義的周辺部という二つの部分の対立と均衡からなる複合的実態であると主張し、このことは本書の後半部を貫くテーゼを構成しているのですが、話がややこしくなるのでここでは割愛します)。

◆◆◆

  ― まさにあなたはこの本の中で多文化主義を批判なさっていますね?

    トッド:もう少し込み入っています。つまり私は多文化主義のフランス社会への適用を批判しているのです。移民受け入れのイデオロギーないしその政策は、表層意識ではとらえられない深層の人類学的構造を理解しなければ、考えることができません。それは人類学的基層と呼ばれるもので、それぞれの人類学的システムは何らかのイデオロギーとしか調和して機能することができないわけです。アングロ・サクソンの人類学的基層は、差異主義的なものです。兄弟は互いに異なり、そこから人間は互いに異なるものだとの考えが出て来ます。さまざまな人種があり、共同体の存在が許容されるわけです。そしてこうした基層の上に、ある種差異に価値付与を行なうイデオロギーとも言える多文化主義的イデオロギーが構築されたのです。

  ― つまり文化の並存ですね?

    トッド:そうです。しかしフランスの場合はもし多文化主義を行なうなら、支配的アングロ・サクソン文化からこの多文化主義のコンセプトを借用するなら、機能不全に陥ることになります。なにしろフランス社会の現実、その人類学的基層は差異主義的ではありませんから。人々は人間の間の差異に関心を持ちませんし、それを必要ともしません。フランスで少年の集団を見てみると、失業者がもっとも多いもっとも貧しい大都市周辺部であっても、少年の集団には白人、黒人、アラブ系が混合しており、みんなが一緒にあそんでいます。いくつもの共同体があるのでも、いくつもの文化があるのでもないのです。

   (巻末インタビュー:「トッドのすべて」 p.523-4より)

◆◆◆

   トッド氏は「多文化主義」アプローチは、取りあえずその場はしのげても、結局は民族間の差異を固定する結果を生み、長期的には移民のためにならない。民族間の混交婚による民族の消滅=同化こそが、フランスにおいてこれまで起こってきた歴史的プロセスであり、差異主義に立つ米国の言説や圧力に惑わされず、フランス当局はこれまで行ってきた同化路線を自信を持って継続・維持すべきである、といった主張がなされています。

   全体を通じて、いかにも「普遍主義フランス万歳!」的な氏の論調は独善的に映らなくもないですが、(LGBT問題も絡めた)米国由来の「多様性礼賛」のイデオロギーが、トッド氏の分類では米国同様「差異主義」に立つとされる日本で昨今持て囃される傾向にあるのも故無しではないのかも、とか、私が子供の頃ほど頻繁に部落差別について語られることが無くなった(ように思う)のは、2015年の時点で約39万人にも及ぶ入国移民へと差別の対象がシフトしているのかも、とか、いろいろ思いを致す切欠になりました(まだいろいろ思考が纏まっていないので、後日追加&修正コメントをするかもしれませんが)。総じて中々に読み応えのある読書でした。


>六日前のプリキュア

   プリキュアシリーズにおいて、主人公らの「成長したその後」が描かれる風潮っていうのはここ数年のことなのだなぁと改めて実感しますね(『Goプリ』以降でしょうか)。幼女先輩らに将来の「プリキュア卒業」を予見させる手法というのは、玩具の売り上げ的にはマイナスなのではと思ったりもするんですが、どうせ最終回間際ということで毎回スポンサーのお目こぼしに与っているのかな?


>そこはかとなく狂気を感じる
>アニメの方は世界観が微妙にイカれてる


   まさかラスボス(なのかな?)が同じ教室に居るとはねぇw。アカネ嬢から醸し出される頭のネジの狂いっぷりは、世界観は異なりますがちょっと『時計じかけのオレンジ』ぽい。

   怪獣が街を破壊するたびに自分達の記憶が改竄され続けていくことに多くの人々が気付かず、表面上は「何事も無かった」かのように進行していく世界…というのは、これまでありそうで無かった設定なのかもしれないですね。


>日本はアメリカのインフレ率分だけ負けてる
>私がアメリカ株に投資する理由もこれがある


   成程…これは私にとっては後後役立ちそうな知識ですねぇ。大変参考になりました、有難うございます。将来的に労働者人口の慢性的不足に悩まされるであろう日本経済については、御大の仰る通り大した期待は持てないでしょうからね。


>映画版ビブリオバトルのイベント

   こういうイベントって私の地元でもやってんのかな?本については高校生・大学生対象のものはあるみたいなんですけれど、イイ年をした社会人が長年の経験値と惜しみない財力とを武器に、オタクならではの無双っぷりを競うってタイプのイベントがどうにも見当たらないんですよねぇw。
 
 

目の付け所が普通

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2018年10月19日(金)07時42分7秒
   プリンセスは本編準拠だと変身できないからなぁw


>ソウゴの人懐っこさ
 人の扱い上手いよね。
 俺のこと見張ってるんだから、俺が行けば皆来るでしょ? は良い性格してる。


>サムライキャリバーさんじゅうさんさい
 これボイスドラマの方が面白いだろw
 腰にぶら下げた連装刀がかっこいいと思ってしまった(中二並感)。
 特撮の方は子どもの頃に見た憶えはあるんですが、どんな話だったかはまるで憶えてないんだよね。写真で玩具見てあーこんな武装あったかもしれないくらいで。アニメの方は世界観が微妙にイカれてる(子どもウケするか?)ので、その点ではちょっと興味がある。
 OPでドリル付けたグリッドマンが地面スレスレで低空飛行してるのかと思ったら車輪で走ってたのがシュール過ぎる。飛行ユニットどうした。

>見放題
 部屋に無造作に置かれたパンストとか絶対横目で見てるね、俺にはわかる。


>ろんぶ~ん
 これいつから面白くなるの?
 

最終回前に世界滅びそうな雰囲気

 投稿者:cosmos  投稿日:2018年10月16日(火)23時55分49秒
   脚本家の悲鳴が聞こえてきそうな今週のHUG。来週は今回貼った伏線の回収ですかね~。
 個人的には「出来ないなりに生きていく」ってテーマが他作品に無い要素なので、クロスオーバーでどう化学変化するか見てみたかったけど、普通に相性悪いだけですかね。

 後ろ姿しか大人にならなかったプリンセス組は若いままかぁ…


>仮面ライダージオウ
 ゲイツ君が荒れてたのは、実は手品を楽しみにしていたから説。
 ソウゴの人懐っこさは見てて安心する。


>ろんぶ~ん
 猫回は僕もハズレだと思った。(苦)
 漫才回の「ボケにツッコむ時に一瞬間があるのは何故か?」とか「漫才ロボットの性能を上げたら逆に面白くなくなった」とかは面白かったのに…早くも雲行きが怪しいぞこの番組。


>ボードゲーム
 TRPG愛好会に入ってる流れで、合宿とかもして結構な数こなした筈なんだけど、あんまり憶えてないなぁ…(爆)
 カーレースをボードゲームに落とし込んだヤツとか、北欧神話ベースでバイキングが死ぬヤツとか…う~ん…


>グリッドマン
 コミュ障でも頑張ってJKに話しかけてるサムライ・キャリバーさん(33)を変人とかゆーたるなやww

 あっさり悪役の娘の正体判明…キレキャラかと思ったら物凄いナチュラルなノリで人殺しててヤバい。可愛いのに勿体無い。←
 つか黒幕の怪獣ってJKが自室でしかしないようなあんな事やこんな事絶対見放題だよな…なんつーうらやまけしからん!!

>ウルトラマンと勇者シリーズ足して割った感じ
 そそそw
 生身の巨人がメカと勇者合体するっていう斬新さが当時目茶苦茶ツボったもんよ!

 後、原作のバトルフィールドは電脳空間に限られていて、現実では戦わなかった筈なんだよね。なので今作は現実世界がARかVRの類の影響受けてる可能性もあって、そこの種明かしも楽しみの一つですね。


>ゴブリンスレイヤー
 このタイミングで狙いすましたジョルトカウンター!!!
http://seiga.nicovideo.jp/manga/list?user_id=32527208

 …と、言いたいところだけど、肝心のゴブリンメインの話は更新されないし、もう一つの方は商業化しちゃって中間の話が読めなくなるかもだしで、お薦めとは言い難いんだよなぁ…(汗)
 

いずれにしても日本に投資する気にはなれない

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2018年10月14日(日)21時17分4秒
編集済
  >新規の人間関係を開拓
 仕事してたときは私も同じでしたね~。ただでさえ会社で人に会ってるのにさらに会おうとは思わんw
 ただ仕事を辞めると人間関係がほとんど精算されるので情報源がなくなる。やはり人の口から得られるものは多いですからね。ゲームなら年齢も問わない。そういう間口を自分で作っておこうというのも理由の一つ。
 月末には映画版ビブリオバトルのイベントがあるので(聴衆として)そっちにも顔を出すつもり。


>内部留保
企業の内部留保は世界中で増えている
http://agora-web.jp/archives/2028095-2.html

 ちなみに↑のグラフにある「名目国内総生産」の 名 目 はアテにしてはいけません。インフレ率を考慮しないと意味がないので、これを差し引いた「実質国内総生産」で見る方がいい。

国内総生産の実質成長率の国際比較 (平成24年総務省資料)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc112110.html

 これを見ると極端な差はない。が、ドルベースで見ると日本は相対的に貧しくなっている。
インフレ調整後の各国株価指数と投資適格国
https://www.americakabu.com/entry/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A0%AA%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AF%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E6%A0%AA%E3%82%92%E4%B8%8A%E5%9B%9E%E3%82%8B%EF%BC%81%EF%BC%9F

 ドルがインフレで年間2%減価し、円が2%分為替で強くなっていれば、等価です。しかし、現状は為替は強くなっていません。この20年、まさに私たち日本人はゆでガエル状態だったということです。

 文中にあるように1999年の1ドルの価値が現在の1.47ドルになっているとします。それならば、その分日本円はドルに対して強くなっていないと、円が減価していることになります。


 本来、インフレ率が高いということはその国の通貨の価値が下がるはずなんですが、日本とアメリカの為替レートはほぼ均等。この結果日本はアメリカのインフレ率分だけ負けてる。私がアメリカ株に投資する理由もこれがある。そっちに金を預けていた方が増える。



>グリッドマン
 おい、やべぇぞ、変人しかいねぇ。そこはかとなく狂気を感じる。
 ウルトラマンと勇者シリーズ足して割った感じかな。
 OPに出てた金髪の女の子が双剣っぽいのが気になる。


>ゴブリンスレイヤー
 ゴブリンがレイプする作品。
 特に見るきはなかったけど、友人曰く主人公がゴブリンガチ勢で、ゴブリンを根絶やしにすることしか考えてなくて、狩り方が職人的らしいのでそこだけ見てみたい。話広がんないよな、これっていう。
 

ソ連製のテレビはよく爆発したらしい

 投稿者:この道の者  投稿日:2018年10月13日(土)21時41分13秒
編集済
     今月の新刊:速水螺旋人・津久田重吾共著『いまさらですがソ連邦』
   https://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8C%E3%82%BD%E9%80%A3%E9%82%A6-%E9%80%9F%E6%B0%B4%E8%9E%BA%E6%97%8B%E4%BA%BA/dp/4866730811

   要はソ連大好き人間(いわゆる“共産趣味人”」がこさえたムック本です。ユルっぽい表紙の見掛けの割に(失礼)、建国に至る経緯・歴代書記長の人となり・庶民の日常生活etc.の基本的情報を一通り押さえており、一応リアルタイムでソ連を知っている私から見ても「へぇ~」と思うトリビアな知識が満載で中々に読み応えがありました。女の子のイラストも可愛いし(ここ重要)、久し振りに「当たり」の買い物でしたねw。

◆◆◆

   治安機関の職員たちは、自分が殺されないためにも「人民の敵」を摘発し、逮捕しなければなりませんでした。その結果、1934年の党大会に参加していた幹部1,956人のうちの1,108人が抹殺され、中央委員会メンバーと候補者の70パーセントにあたる98名も処刑。180万人いた党員は150万人に激減します。(中略)
  やがて粛清の嵐は赤軍(ソ連軍)にも及びます。
   1937年、トハチェフスキー元帥が逮捕、彼は1918年に入党した生粋のボリシェビキであり、赤いナポレオンと謳われた人物でした。トハチェフスキーは激しい拷問の末、ドイツのスパイという容疑で銃殺されます。これを皮切りに高級将官、指揮官が続々と逮捕され、旅団長以上の45パーセントが銃殺。プロの軍人を大量に失った赤軍は弱体化し、後年とてつもないツケを払わされることになります。

   (本書p.48「スターリンの大粛清」より)

◆◆◆

 …という訳でソ連が払ったツケの中でも最大のものが、先の大戦(ソ連では「大祖国戦争」と呼称)における2,000万人以上の戦死者でした。文字通り桁違いの数字ですね~(日本は約310万人)…しかしこれほどまでに内部組織が崩壊していた敵だったにも拘わらず、ノモンハン事件(1939)で実質的に敗北した帝国陸軍とは一体(毒)。

   あと、最近の読書ではアイシェ・ヨナル『名誉の殺人 母、姉妹、娘を手にかけた男たち』安東建訳・朝日新聞出版2013が心に残りました。著者あと書きによると、トルコでは2000~2005年の六年間で1,806名の女性が「名誉の殺人」で親族の男性に殺され、5,375人が家族からの圧力により自殺しているのだとか。体面やら世間体やらを過剰に気にするあまり、結局は誰一人幸せにならない悲劇的結末を迎えるというのは、どうも日本だけの専売特許という訳では無さそうですね。


>『SSSS.GRIDMAN』

   原作の特撮は未視聴なんで筋立ては全く知りません。もう少し追いかけてから視聴を継続するかどうか判断しますわ。


>もう変態しか出てこねぇ

   メインの筋運びがどうでもよく思えてくる「濃いキャラ」揃い…うーん、正直私はもうお腹一杯かなあ…。


>『事情を知らない転校生がグイグイくる』

   最強の天然ですねw。ただこの路線もそろそろ限界っぽい。この先どうやって話を膨らませるのかがカギですかね~。


>『ヘンな論文』と比べるともう一押し足りない

   同感ですね。もっとニッチで偏執狂気味なテーマでないと私は喰いつかないな。


>ボードゲーム

  中学時代の友人が当時流行っていた戦争シミュレーションゲーム(ウォーゲーム)にハマってましたっけねぇ。興味の無い私も強制的に付き合わされることが度々あり辟易したものでしたが。もし同好の士とワイワイやるとしたら、私の場合は退職して気が向けば…かな。新規の人間関係を開拓するのは、シゾイド気質の勤め人にとっては少しばかりハードルが高い(苦笑)。


>ワイ「インフレになっても賃金が上がらないと貧しくなる」
>浜田宏一氏「名目賃金はむしろ上がらないほうがいい。名目賃金が上がると企業収益が増えず、雇用が増えなくなるからです」


   (↑)は?何言ってんだコイツ?(殺意)。誰が出来上がった製品を購入すると思ってんの?相変わらず増え続ける内部留保の一部でいいから従業員の給与に還元しろって(正論)。
  【産経ニュースより】
   https://www.sankei.com/economy/news/180903/ecn1809030006-n1.html
 

小物を使うのがボードゲームの魅力

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2018年10月13日(土)09時44分47秒
   私の隣のテーブルでは「テオティワカン」というゲームをやっていました。
 こんなの↓
http://nicobodo.com/review/teotihuacan.html
 傍目にはまるでわからんw


>「毒」が娯楽として成立する
 優しい言葉だけの世界はそれはそれで真綿で首を締めるような息苦しさがあるからね。


>MV=PT
 電気の同時同量じゃねーんだからさw

 上念氏はいわゆるリフレ派だと思いますが、その辺の記述は「あ~はいはい」って読み流してます。
 20世紀初頭や19世紀末くらいならまだしも現代は金本位制でもないし、資本が国境関係なしに移動してるし、ゼロ金利どころかマイナス金利すら言われてて、実体経済と金融ゲームにこれだけ乖離が生じている現実を見て支持する気にはなれないなぁw
 金融政策で何とかる=国家権力は絶大でありコントロール可能であるという考え方は国家万能主義(今勝手に作った単語)だと思うんだよね。乱暴に言えば陰謀論と同じで、ある一つの主体が種々雑多な人・組織・金を精密に理想的にコントロールできると思う方がどうかしてる。

デフレの原因は名目賃金の低下である(池田信夫 blog)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51838762.html


>太陽とタンクトップ
 こいつら当たり負けしねぇぞ。


>ろんぶ~ん
 『へんな論文』と比べるともう一押足りないというか、インパクトがないというか、単なる雑学に終わっているというか。
 

欲しい言葉を貰っても

 投稿者:cosmos  投稿日:2018年10月 9日(火)05時07分22秒
  「他人だからそんな無責任な事が言える!」と身内に言われれば、それで大体リセットされる。(毒)


 「新たな命を祝福する場」という体を守っていると見せて、「弟なんて産まれなければいい!」とまで言わせる人間の本音の発露に痺れる。でも何でこういう「毒」が娯楽として成立するのだろう?
 それ以外にもあや関連の描写はどれも力が入ってましたね。


>野菜工具天使の後はもうゴチャゴチャし過ぎて忘れちゃったさあやちゃん
 ブレも激しいけどムラも激しいなこの娘www
 しかし、いざという時の胆の据わり方は見事。あそこまで迷いなく「母の愛」を信じられるのは、内富士夫人や自分の母親との交流が確かな蓄積として彼女の中にあるからでしょうね。

 でも医者と役者の二択でまた悩みそうですね。今作はモラトリアムを脱するところまで描くようですから。


>父親
 昔、精子バンクか何かの特集で、「女性が完全に自立して生きていける時代になれば、家族に父親は必要なくなる」って言ってたのを思い出しました。
 実際、シングルマザーでも上手くいってる家庭は上手くいくし、父親がいてもダメな家庭はダメになるし…っていうのを鑑みても、結構真実味がある未来予想だったな、と。

 ま~ここまでくると、何で子供には母親が必要だと言えるのか?って疑問もわいてきますが。



>ツッコミがいい味出してる。
 ツッコみが入るタイミングで笑うという、お笑いとしては奇妙な体験ww
 本来ボケが非常識な事を言っててそこで笑う筈なんだけど、「おれら」的には寧ろそっちの方が常識だという変な逆転が起こっている作品ですねw

 ニコニコの漫画といえば、「事情を知らない転校生がグイグイくる」とか読みましたね。
http://seiga.nicovideo.jp/comic/35182?track=list

 どうにも僕は高木さんやかぐや様のような頭を使った恋愛ものには縁がないらしいwこれまた頭の使い方が頭突きの様な脳筋恋愛譚。
 お陰で最近の話が言動のインフレになってて何かもうお腹一杯って感じ。

 秀逸なのはヒロインのキャラデザで、ぶっちゃけ可愛くない。○○したら美少女みたいな隠れ美少女属性とかも無し。
 それでも彼女をヒロイン足らしめているのは、その言動の可愛さなんですよね~。女性の美しさとは、その形ではなく所作にこそ表れるという好例。



>グリッドマン
 悪役候補の女の子がほわ~んとした声してて、悪役っぽい演技してるところが想像できないw
 この娘の本性が爆発する瞬間見る為だけでも視聴継続するわ。


>ゴールデンカムイ二期
 やってるの気付かんかった…つかもう変態しか出てこねぇ…orz
 

キュアアンジュ「もうポンコツなんて言わせない!」

 投稿者:この道の者  投稿日:2018年10月 8日(月)23時16分47秒
編集済
  >今週のプリキュア

  「完璧な子育て」なる幻想に振り回される母親・「母親を独占したい。弟なんて生まれてこなければいいのに」という黒い感情に自己嫌悪する幼女・そんな母親や我が娘の気持ちにこれまで気付かなかった鈍感さを深く反省する父親…流石の東堂いづみクオリティ。相変わらず脚本がガチでキレッキレでしたねw。


>オレの友人は属性萌えが激しい

   会話の掛け合いやテンポが何とも上手いですね~。Eテレ『ねほりんぱほりん』の腐女子回を思い出しましたわ。こういう嗜好や性癖を(ある程度ながらとはいえ)オープンに出来るようになったとは、良い時代が来たものです。
   https://togetter.com/li/1188653


>上念司『経済で読み解く~』シリーズ

   同じ著者の『明治維新』はこの板で以前紹介されていたので読ませて頂きましたし、『織田信長』の序でに『豊臣秀吉』も読了しました。確かに日本の中近世の経済動向については分かり易く勉強になったんですけれども、途中から著書の「景気の好不況は貨幣量の増減によってのみ左右される」なる極論というか、いかにも近代経済学的視点からの貨幣数量説至上主義を土台とした自説を展開し続けるのが鼻に付いてきたというのが正直な感想ですね(苦笑)。まぁそれは貨幣数量説に批判的立場を取るマルクス経済学のスタンスに私が前々からシンパシーを感じているからであって、私自身偏っているのは百も承知なんですけれどもw。という訳で以下2点について著者に反論させて頂きます。

 ① そもそも上念氏が想定していると思われる「自己の経済的利益を極大化することを唯一の行動基準として、経済合理的に行動する人間の類型」であるところの経済人(ホモ・エコノミクス)が社会の多数を占めるようになったのは、下記の引用にもある通りようやく近代になってからであって、(貴族・武家・大寺院の上層部は兎も角として)少なくとも鎌倉から室町・安土桃山期あたりの庶民の行動様式には当てはまらないのではないかという点(↓)。

◆◆◆

   意外に思うかもしれないが、利得の観念は比較的近代になってから出てきたものである。われわれは、人間とは本質的に強欲な生き物であり、放っておくと自尊心の強い実業家ならだれでもとるような行動をとるものだと信じ込まされている。また、利潤の動機は人間そのものの歴史と同じくらい古い歴史をもつものだとも、常に聞かされてきている。

   しかし事実はそうではない。われわれの知っているような利潤動機が「近代の人間」の歴史と同じくらい古くからあるというだけなのだ。利得のための利得という観念は、世界の大部分の人々にはいまなお無縁であり、記録として残っている歴史を見てもまず出てこない。(中略) 彼[=ウィリアム・ペティ:17世紀の経済学者]は、工業化されていない地域の人々のあいだにいまもって認められるような事実を、当時既に見抜いていた。その事実とは、賃労働にも工場生活にもなじめなくて、生活水準は常に上がっていくものだなどとは教わっていない未熟練労働者たちは、賃金が上がっても前より働くことはせず、休みを多くとろうとするだけだというものである。利得の観念、すなわち働く者には常にみずからの物質的運命を改善しようと努力しても良いし、また努力すべきだとする観念は、ルネッサンス期と宗教改革期にちらほら見受けられるだけで、エジプト、ギリシア、ローマ、そして中世に至る文明の流れを通して、大多数の中・下層階級にはまったく縁がなかった観念であり、東洋文明にいたってはほとんどといっていいくらい存在しなかったものである。この観念が社会のいたるところで見受けられる特徴となったのは、印刷技術の発明と同じくらい近代になってからである。


(ロバート・L・ハイルブローナー『入門経済思想史 世俗の思想家たち』八木甫ら訳・ちくま学芸文庫2001 p.34-6より)

◆◆◆

   ② 上念氏の立ち位置に近いと思われる新古典派経済学では、貨幣は商品に対し全く外生的に供給され、貨幣量によって商品価格が決まる(=貨幣が関係するまでは商品価格は決まらない)とする立場を取る。他方マルクス経済学では貨幣は他の商品の価値を尺度するための「特殊な商品」として、商品の内部から生まれ、商品の流通量に応じて自然と増減するものと考える。従って流通量を大幅に上回る通貨を強制的に供給したところで流通の外部に出ていく退蔵貨幣(いわゆるタンス預金)が増えるだけで、商品の生産量・流通量を増やすことにはならないのではないか、という疑問(↓)。

◆◆◆

   【法と経済のジャーナル・奥山忠信「アベノミクスと貨幣数量説」】
   http://judiciary.asahi.com/fukabori/2014013100001.html

   (上記サイトより)
   …貨幣数量説の創設者には、ジョン・ロック、モンテスキュー、デイビッド・ヒュームという世界史を飾る知性が名を連ねている。この学説は、ヒュームにおいて完成するが、有名な公式は20世紀に入ってから、アーヴィング・フイッシャーによって作られる。MV=PT(M:貨幣量、V:貨幣の一定期間での使用回数あるいは流通速度、P:価格、T:取引量)、である。千円札が5枚、1週間に各3回使われたとすると、1万5千円。アイスクリームが1個100円で1週間に150個売れたとすると、1万5千円。購入総額(MV)と販売総額(PT)は常に等しいので、この公式は常に成り立つ。Vが慣習的に一定でTにも大きな変化が一般にはないと仮定すると、MとPは、比例定数1の正比例関係になる。つまり、一方が2倍になれば他方も2倍になるのである。MV=PTが「自明」であるとすれば、この正比例関係も「自明」になる。

   フリードマンによれば、貨幣量と物価の比例関係を言うだけでは貨幣数量説ではない。貨幣量の増加が原因で、価格の上昇は結果であると言うことが重要である。Mが原因で、Pが結果であるということは、この等式からは本来導くことはできない。価格が上がれば貨幣量も増えるという必要流通手段量説も成り立つ。この考えは貨幣数量説に対する批判の系譜として伝統的に受け継がれている。アダム・スミスやカール・マルクスなどがそれであり、現在の貨幣供給に関する内生論もこの系譜にある。

   とは言え、貨幣数量説にとっては、貨幣の供給が外生的に決まる、とすることで政策手段としての意味を持つ。しかし、この学説には当初から根本的な疑問が付きまとっていた。貨幣量が増えれば本当に需要量は増えるのか(ジェームズ・ステュアート)、貨幣が増えても使われなければどうなるのか、という疑問である。使われなかった貨幣は物価に影響しないのだから、等式から外して、貨幣数量説を成立させる(J.S.ミル)見解も登場する。

   単純化すれば、一定期間に100円のアイスクリームが1個売れ、100円玉が一個使用された、というだけの等式である。自明ではあるがそれ以上の意味は持たない。今でも、使われた貨幣だけを取れば、貨幣数量説はいつでも成立する。問題なのは供給されたが、使われなかった貨幣の存在である。今の日銀の目標は、貨幣量を2倍(基準年の200%)にして、物価を2%上げることにあるが、それ自体が、本来の貨幣数量説とは程遠い。


◆◆◆

   上念氏の論旨を纏めると「現在日本でお札を増刷しても、私が理想とするマイルドインフレが起こっていないのは、アベノミクスという「正しい金融政策」が未だ一般大衆において正しく認知されておらず、「失われた20年」のデフレマインドから脱却できていないせいだ。」ということになるんでしょうが、それって「我々の崇高な理念と実践を理解出来ない愚昧な大衆の側に問題がある」なる、ソ連型共産主義が唱えるかの「上から目線」的前衛思想と何処が違っているんでしょうかね(尤も上念氏の立ち位置はかなり保守寄りっぽいですがw)。要するに上記サイトの引用にある通り、MV=PTは構成要素間の相互関係を表す単なる恒等式に過ぎないのに、そこに因果関係を読み込もうとする(更にそれを普遍的な万能法則と見做す)発想自体が危険なのではないかと私には思えてならないのです。

   それはそれとして、ハイルブローナーの著書はあのアダム・スミスやケインズらの生い立ちや人となりが、それぞれが置かれた時代背景の下で提唱された経済理論にどのように反映していったのかを概説した好著です。第七版の原著での刊行は1998年ですが、数式を偏重し過ぎる昨今の経済学の動向に対する著者の懸念からは、2007年のリーマン・ショックをまるで予見していたかのように読み取れますね(↓)。

◆◆◆

(前掲書・文庫版 訳者あと書きより)
   …著者の立場は、現代の経済学がとりわけアメリカを中心とする新古典派によって専門的学問として精緻化されるとともに、それから離反していったように見受けられる。新古典派は数学を多用することにより「科学」として経済学を洗練しようとしたのだが、それが社会科学たる経済学としては誤った方向であるからだ。それについては第11章に詳しいが、そこでは「科学」という言葉が経済学に頻出するにつれ、「資本主義」の概念が用いられなくなったことが指摘されている。けれども人間の営む活動を対象とする経済学は、物理学のような意味では「科学」たりえない。それゆえハイルブローナーが提唱するのが、かつてシュンペーターが唱えた「ヴィジョン」の学として経済学をとらえ返すことであった。その点からいえば、スミスに始まりマルクス、ケインズ、シュンペーターと続く経済学の巨人たちは、みな直面していた経済に対する「ヴィジョン」をうち立てたのであり、経済を量的にのみとらえて数式で表現したのではない。厳密ではなくとも、より大きく経済の向かう方向を示唆しようとしたのである。経済学には、実はそれ以上のことはできないのかもしれないのだ。

   それゆえ、ハイルブローナーが描いたのは、今日の主流派たる「経済学」にたどり着くまでの挿話をつづる学説史などではない。おのおのが人間の営みの本質を「ヴィジョン」として時代に即して描こうとした「経済思想」の大海なのである。


◆◆◆

>自尊感情

   学生時代にどうにも自尊感情が持てず、グズグズと悩み続けた者でしたから、今更余程のことが無い限り劣等意識に悩まされることは無いですね。逆に「何かと忘れっぽいところもマルチタスク処理が出来ないところも、そういう仕様を持つものとして創造された以上何かしら肯定的な意味があるんだろう。」とばかりに逆に開き直っているとでもいうか(笑)。ヨハネ福音書にも道端の盲人を指して、弟子が「この人が盲人に生まれついたのは何故か。」をイエスに問う場面がありますが、その際にイエスは「この人が罪を犯したのでもなく、この人の両親が罪を犯したのでもない。神の業がこの人に現れるためだ。」と答えますし、それは使徒パウロが書簡の中で「キリストの力が私を覆うために、むしろ大いに喜んで私は私の弱さを誇りましょう」と宣言した態度に通じるものでもありますね。
 

被害妄想的になる過程

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2018年10月 7日(日)18時59分59秒
編集済
   今ちょうど『坂の途中の家』(角田光代)を読んでて、この本は育児中の主婦が赤ちゃんを死なせた事件の裁判員になる話なんですが、主婦の視点から見た不安や怯え、不満や疑問が語られていて参考になりました。私自身は自尊感情の毀損それ自体はあまり受けない(受けても一週間で回復する)んですが、そうでない人の心情がなかなかに新鮮。
 子持ち男性とは違った見え方だろうと思います。

 今回のエピソードの秀逸な点は、母親が帝王切開する不安を訴えているのではなく、完璧じゃない(ケチが付いた)と思っている点です。普通じゃない、普通はできることができない、という囚われです。そしてあやは自分が悪い子だと思っている。
 HUGはこの点に対するアプローチが徹底しています。親子関係を見ても、共働き、主夫(さあや父)、シングルマザーと充実のラインナップ。劣等感を抱いてしまうことは避けられないとしても、しかしそれは致命的な問題ではないんだという一貫したスタンスが見て取れます。


オレの友人は属性萌えが激しい
http://seiga.nicovideo.jp/comic/32570
 ツッコミがいい味出してる。


>酵素を進化させて新たな酵素をつくった
 進化素材がドロップする確率に震えろ(ゲーム脳)


>ベルトの強度
 それは私も思うw 劇中であれだけ回しまくってるから相当耐えてくれそうだけど。
 

今年も「研究費よこせ」ウィークがきた

 投稿者:cosmos  投稿日:2018年10月 6日(土)00時30分41秒
   「酵素を進化させて新たな酵素をつくった」←何それ強そう。(ゲーム脳)
http://www.nikkei-science.com/?p=57320

 後、変わり種の論文を紹介する番組も始まったそうな。
http://www4.nhk.or.jp/ron-bun/


>ジオウのベルト
 真っ先に強度が心配になったおいらはつまんないオッサンww
 ギミックがダイナミックだとそれだけ壊れやすそうに見えるんだよね。
 そんなベルトを両手で丁寧に回してくれるゲイツくんは良い子wでも片手で回す方が格好良いと思う(ぉ。

 ベルトが回転する時、周りの風景が回転する演出もイカス。



>鳴海にーちゃんが片腕無くすところ
 鳴海を主人公として見た場合、そこで終わっても問題ないと言えなくもない(苦笑)。
 まぁ、その後の展開では看護士コスの美少女JCが仲間になったりするんですけどねw
 

レンタル掲示板
/720