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あけましておめでとうございます。
前回の緑区で、名前のつけかたが単純ミスって書いたのはジョークか皮肉みたいなもので、ほんとうは陰謀なのかもしれない・・・。
だいたい、さいたま市の成立ってのがなんだか・・・。
えらくもめたのはご承知のとおり。
市役所の位置やら、市の名称やら、浦和と大宮の主導権争いみたいなのがありましたね。
勝ったのは、浦和なんです。市長選挙も相川宗一が勝った。
大宮に対する制裁的な措置ってのはひどいモンで、新しいさいたま市の組織の中でも旧大宮市役所の職員は出世コースから外れるわ、総合支所(現在は大宮区役所)に格下げになった大宮市役所の職員が減ったせいで近所の弁当屋はつぶれるわ、いろいろありました。
旧大宮市の東部が見沼区という名前になったら、住民から東区に変えてくれって苦情が出た。沼っていうのが住宅地としてはイメージが悪くて、地価が下がるとか。
それだったら、浦和だったところに沼という名前はつけられねえわな。
江戸時代の中期までさいたま市の東側一帯には広大な沼がありました。それが見沼です。
その後、沼は干拓されて、見沼代用水が南北に貫く水田地帯に生まれ変わりました。
歴史・産業・文化・自然景観、あらゆる面で地域の貴重な財産なんですけどねえ。
それが、たまたま沼だったおかげで、イメージとしては厄介者扱い。
それで結局、厄介者は浦和でなくて、大宮に。
・・・と、いったところでしょうか。
東京都港区のアメリカ大使館の近くに溜池という地名がある。
江戸時代、実際にため池があった場所です。
イメージ、悪いかな?
http://radiko.kidd.ne.jp/
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