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空腹⇒変身解除というのなら

 投稿者:この道の者  投稿日:2017年 7月23日(日)17時01分48秒
編集済
     どうして携行食とか持ち歩かないのか。彼女にとって完璧とは一体(困惑)。

   それはそれとして、いちか嬢の「私達、もっと知りたいな。得意なことも、苦手なことも。」という返しは素晴らしいですね。シエルのプライドを傷つけないよう言葉を上手に選びつつ、彼女の弱さに寄り添うことを宣言している。敏速に身代わり人形を用意できる行動力も含めて何という地アタマの良さw。


>「才能」がありますねぇ

   お褒めに与りどうも(笑)。全く、小学五年生は最高なのかもしれませんw。

   地上波第3回はいきなり孫悟空モチーフのサンが登場していてビックリ。これカットし過ぎでしょ(苦笑)、初見の人には厳しいかも。
 
 

適正規模

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2017年 7月21日(金)18時46分20秒
  >「ムラ社会」のイイとこ取り
 それな。
 マンダレイのルールが効果を上げるのはそのコミュニティの規模がムラだからなんだよね。互いが互いを知っていればこそ加減するし、要領がわかっている。裏返せば互いが互いを監視しあっている。もし一人でもその役を逸脱しようとすればたちまち排斥されるか、演じることを強制される。このシステムは途中下車が実質的にできない。つまり共同体としての流動性が酷く悪い。

 都市化した社会で同じことができるかと言えば不可能。必ずフリーライダーが出て来るし、既得権益を守ろうとする奴が出て来るし、演技が階級へと固定化されていく。コミュニタリアニズムに胡散臭さを感じるのは人間があまりに理性的すぎるんだよ。そんな人達なら自由主義でもなんでも上手く行く。


>三分の一ながら布教成功
 その娘、「才能」がありますねぇ。
 

雑感いろいろ

 投稿者:この道の者  投稿日:2017年 7月21日(金)15時06分5秒
編集済
  >「自由でいる自由」もあれば「奴隷でいる自由」もあって、それを自分の意思で選択しているのなら自由なのではないか

  「奴隷となる選択を自由意志で選び取る」という思想は、(彼が初めてではないと思いますが)宗教改革者ルターが著書『キリスト者の自由』の中で展開していますね。曰く「我らの主イエス・キリストは自由であったにも拘わらず『ご自分を無にして、仕えるものの姿を取』られ、我らのために奴隷となり給うた。故に我らも主に倣って、隣人を助けるために己が身を進んで奴隷となすべきである。…」大筋そんなことを述べている箇所があります。ただこれが個人の信念や生活信条を超えて、一つの共同体の中で分かち持たれるべきスローガンにまで「不当拡大」され、共同体の構成員一人ひとりに受容を強制するよう無言の圧力を加えるようになるとしたら、やはりそれは違うのではないか、と思いますね。

   それに関連して思ったことを一つ。使徒パウロは新約聖書所収の書簡の複数の箇所で、当時の奴隷制度を直接糾弾することはなく、「主に仕えるように」奴隷は主人に従い、主人は奴隷を手厚く遇するように、要するにそれぞれの社会的地位を維持したまま信仰を持ち続けるように勧めています。あのパウロもやはり「時代の子」であって、体制迎合的な保守思想を抱いていたのも無理からぬことだったのかなぁと前々から思っていましたが…その奴隷制というシステムが資本主義体制へと姿形を変え、搾取構造をより巧妙に隠蔽しつつ現代まで連綿と続いて来たカラクリが見えてくると、この地上で奴隷制は決して無くならないことを見通した上で、パウロは憂き世を生き抜く現実的処方箋を提示していたのではないだろうか、と最近は考えるようになりました。


>共同体を守るためにそれぞれが演じる、という構図はコミュニタリアニズムの本質ではないか

   御大の念頭にあるのは、コミュニタリアニズムの代表的論客の一人であるアラスデア・マッキンタイア氏の唱える「人間は物語る存在で、我々は物語の探求としての人生を生きる」でしょうか(↓)。


◆◆◆

 …われわれはみな、特定の社会的アイデンティティの担い手として自分の置かれた状況に対処する。私はある人の息子や娘であり、別の人の従兄弟や叔父である。私はこの都市、あるいはあの都市の市民であり、ある同業組合や、業界の一員だ。したがって、私にとって善いことはそうした役割を生きる人にとっての善であるはずだ。そのようなものとして、私は自分の家族や、自分の都市や、自分の部族や、自分の国家の過去からさまざまな負債、遺産、正当な期待、責務を受け継いでいる。それらは私の人生に与えられたものであり、私の道徳的出発点となる。それが私自身の人生に道徳的特性を与えている部分もある。……自己についての物語的見解との対照ははっきりしている。私の人生の物語はつねに、私のアイデンティティの源であるコミュニティの物語のなかに埋め込まれているからだ。私は過去を持って生まれる。だから、個人主義の流儀で自己をその過去から切り離そうとするのは、自分の現在の関係をゆがめることなのだ。…

(アラスデア・マッキンタイア著『美徳なき時代』篠崎榮訳 みすず書房1993 p.204-5)

◆◆◆

   ただコミュニタリア二ズムの発想で行くと、「奴隷を所有したことのない」現代の米白人も奴隷制が及ぼした悪影響に対し免責されないし、今に繋がる中東の混迷を引き起こした、嘗て自国の指導者たちが行った「三枚舌外交」に対して現代の英国人も責任を負わなければならないし、私を含め戦後生まれの日本人は先の大戦中に多大な御迷惑を掛けた近隣諸国への謝罪を永遠にし続けなければならない…ということになる。それはやっぱりおかしな話で、そこは個人主義でいいだろって私は思ってしまいますね。

   要するにコミュニタリアニストの方々は「ムラ社会」のイイとこ取りをしようという、甚だ無謀な試みをしているに過ぎないんじゃないですかね。連帯の麗しさはしがらみの煩わしさと常にワンセットなのではないでしょうか。


>俺らが求めているのは~二次元の美化された小学生

   最近ではこんなイベントも開催されたようですね(↓)

   【ねとらぼ:教会に一人ぼっちで「はい、誓います!」本物の式場で二次元キャラと「VR結婚式」を挙げてきた】
    http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1707/03/news112.html

   VR結婚式において「結婚相手」が「小学生」の場合、「未成年」のため許可が下りないとかいう法的問題は生じないのだろうか…などと馬鹿なことを考えてみたりするw。


>RWBY
>何コレアクションメッチャカッコイイですやんww


   私「アメリカのクリエイターが日本アニメをリスペクトして作ったアニメだよ!」
   愛妻「ふーん」
   上の愛娘「へー」
   下の愛娘「わ~何このキレッキレのアクション♪♪来週も観ようっと(^▽^) 」

  三分の一ながら布教成功w。
 

意識変わらない系

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2017年 7月20日(木)20時08分30秒
編集済
   あくまで個人的主観にのみ立脚したみらいちゃんのメンタルの強さよ。


>マンダレイ
>そこでは「役割から降りる自由」も、「演じ続ける自由」同様に実はあったのだが、彼らは「降りる」方がリスクだと考え、あえて「演じる」ことを選んでいたのだ。
>成員すべてが「納得したうえであえて」差別的な劇を演じ、互いが互いを、そしてコミュニティを「管理」しているとしたら? この問いは「自由」に対する大きな問いとしてのしかかるだろう

 「自由でいる自由」もあれば「奴隷でいる自由」もあって、それを自分の意思で選択しているのなら自由なのではないか。まあ、資本主義における労働者は賃金奴隷を選んでいる人達ですからね。働くために教育費を自腹で出して、働くために十数年もかけて養成し、死ぬ一歩前まで働き続ける自由な市民。
 それはそれとして、この共同体を守るためにそれぞれが演じる、という構図はコミュニタリアニズムの本質ではないかなって思います。


>あんな可愛いモンじゃない
 これだから現実とフィクションを区別できない人は。いいかい、俺らが求めているのはリアルの小学生じゃないんですよ、二次元の美化された小学生なんですよ(悟り)


>RWBY
 女の子に大きい獲物持たせてピュンピュン動かすとそれだけでカッコイイ。序盤はワイスの火力不足が目立ちますが、だんだん1パーティに一人欲しい戦力に。バッファーの大切さがわかる。
 バトルものは日本のアニメでも漫画でも腐るほどありますが、タイマンになることが多くて、多対多、1対多での連携戦ってあんま無いんだよね。みんなアタッカーで強いか弱いかみたいな味付けになることが多くて。
 

意識高い系あるある。

 投稿者:cosmos  投稿日:2017年 7月20日(木)15時55分50秒
編集済
  って感じがするかな~、今週のプリキュア。

 要は、上ばっかり見てると自分を見失い易いと思うんですよね。向上心とは「現状への不満足」から起こるのだから、「現状の自分」には良い印象を持ち難い。

 更に、彼らは“答え”や“道”を求めて彷徨していますから、概してそれらが自分の外にあると思いがち。具体的な目標や憧れとなる人がいれば、その人が“答え”の所有者に見えてくる。
 そうなると、その人の模倣に走ったり、その人に赦しを乞うたりする様になる。それが悪い方向にエスカレートすれば自己嫌悪に。

 不思議なのは自分を見失ってる時の方が、周りの人間が見えなくなってるってところですね。意識は外に向いてる筈なのに、何か別のモノを見ている様な…


>RWBY
 噂のRWBYを地上波放送を期に漸く視聴。何コレアクションメッチャカッコイイですやんww
 ノーラみたいな重量級の高機動戦って緩急のメリハリが良いんですねぇ。派手だし。

 美少女にメカは、甘味の隠し味の塩と知るべし。
 

車偏に楽しいと書いて「轢く」と読むw(←こら)

 投稿者:この道の者  投稿日:2017年 7月20日(木)12時07分5秒
編集済
  >『マンダレイ』

   視聴しましたが、一作目のようなキリスト教モチーフは読み取れないかな。私が一番成程と思った感想はこちら(↓)

   萩生式ブログ:『マンダレイ』に見る自由と監視のアポリア
   http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070131/p2

   部外者が見ると「人権の否定」「人間的自由の抑圧」と映る「前近代的制度」。しかし実は「最悪な事態を避けるため」共同体の構成員一人ひとりが己に課された役割を納得ずくで演じていたのだと明かされるラストには考え込まされますね。今でこそ民主主義というのは世界標準であるかように語られますが、そもそもはヨーロッパの島国である英国の風土で培われたローカルルールに過ぎなかった訳で、他国に移植されそれなりに定着するまでには、現地の「前近代的制度」との衝突が不可避でしたからねぇ。ロシアは1917年の二月革命で議会制民主主義の導入が画策されるものの結局十月革命により頓挫したし、ドイツは第一次大戦後に帝政から共和制に移行するものの、慣れない政党政治に翻弄される脆弱な議会のため止む無く大統領令を濫発し、結果ヒトラーの台頭を招いたし、日本も戦前において曲がりなりにも政党政治が機能したのは僅か八年間に過ぎなかった。いずれも「それなりに機能していた」従来の自国ルールとの調整が上手くつけられず、結果一般大衆からそっぽを向かれ破綻したという点において共通していますものね。

   自由の概念や民主主義や多数決の原理を黒人奴隷らに教え込もうと孤軍奮闘する主人公グレースを観ていて思い出したのが、先日読んだ山本七平著『一下級将校の見た帝国陸軍』です。その中に「英米人からなる捕虜収容所では、捕虜たちは収容されるや忽ち自分達の代表を民主的手続きにより選出し、収容生活の待遇改善を求めて対外交渉に当たらせた。対して日本軍の場合、例えばシベリア抑留においてそのようなことが行われたとはついぞ耳にしない。」なる主旨の記述がありました。どちらが良い悪いではなく、草の根レベルで染み付いた伝統的生活様式は容易に払拭できないってことですね。


>天使の3P!
>原作は「ロウきゅーぶ!」の人


   メインキャラが小6から小5に若返っているのは何故なんでしょう? なおリアル小5女児の親としては、あのキャラデザはかなりの違和感w。あんな可愛いモンじゃないッスよ(笑)。


>個人の属性(人格の良し悪し、頭の良し悪し)とビジネススキル、友達の多さなどは比例しないのだと思います

   そうかもしれないですね。ドスト氏の『死の家の記録』で語られる、実在したと思しき人物の多彩さを見てもそんな感じがします。
 

「小五ロリ」と書いて「悟り」と読む

 投稿者:いっしゅう  投稿日:2017年 7月17日(月)12時29分47秒
編集済
   石田彰の方が先に思いついたw
 プリキュアはキャラが死ぬときは死ぬからなぁ。

 天才天才言われていたシエルがいざ変身してみると、ペガサスはいちか案、ワッフルは弟、とリスペクトが多いのは面白いですね。


>賭ケグルイ
 女子高生では満足できないと。じゃあこれしかないね。

>天使の3P!
 原作は「ロウきゅーぶ!」の人。
 主人公の同級生が明らかに好意を持っているのに、どう見ても絶対に勝てない感が出ているのがもはや安定と安心感を抱かせる。女子小学生というステータスは何物にも勝るからね、仕方ないね。


>他人との距離感が摑めない人間が、一流商社でやり手
 一応作中ではビジネストークなら普通に出来る描写はありましたけどね~。社内でも孤立している様子を見るとどうなんだって気はしますが(苦笑)
 まあ、そこは友達のことになると過剰に力が入ると好意的に解釈。私も仕事上では仕事の話は勿論冗談や雑談は積極的に話す方ですが、飲み会では途端にネタがなくなって口数減りますからねw(芸能・スポーツに興味が無い上に個人に対して興味もないから話すネタがない)

 真織も言っていましたが、個人の属性(人格の良し悪し、頭の良し悪し)とビジネススキル、友達の多さなどは比例しないのだと思いますね。殺人犯にだって家族や友達いるんだし。
 ちなみに妄想性の中にはカルト的なカリスマを発揮する人もいるようです。悪い意味での有名人には妄想性と分析できる人が少なくない。パッと見は何か凄そうなんだけど、頭の中は猜疑心や極端な思考になってたりする。で、そういう人に魅力を感じちゃうのが依存的な人。凄そうな人の下に入れば夢見させてくれたり、安心するってタイプの人。カルト集団の出来上がり。
 

コロンでしたね

 投稿者:長谷部  投稿日:2017年 7月16日(日)21時25分52秒
  なんか勘違いしてました。すみません。
でも、何と無く主旨は伝わったみたいで、cosmosさんに感謝です。
 

わっふるわっふる

 投稿者:この道の者  投稿日:2017年 7月16日(日)19時48分42秒
編集済
     脇フェチにはたまらない変身シーンでしたねw…私は該当しませんが(キリッ)。


>ハトキャのコロン

   変身アイテムに直接関係しないオスの妖精はリストラされやすいんですかねーw。来週当たりしれっと長老の横で漂っていたりするのではないリオか?


>本人はおそらく本気で相手を気遣っているのだろうけど、自分のこだわりを押し付けているだけ
>自分が熱中し、尊敬し、理想し、情熱を傾ける対象は絶対に自分のイメージどおりでなければならない。そのためには厳正に管理し、適切に指導し、正しき方向へと導かねばならない、と義務感すら抱く


   作中に何度も登場する「私はあなたのためを思って言っているのよ。」がまさにそれですよね。「自分は善いことをしているんだ」と自信満々で思い込んでいる人が自覚無く行う無邪気な「悪」っていうのが、正直一番性質が悪いw。

   しかし実際のところ、あんなに他人との距離感が摑めない人間が、一流商社でやり手のキャリアウーマンになれたりするもんなんですかね~? 対人交渉上何かと支障を来してしまいそうな気がしますが。


>『マンダレイ』

   ようやく借りられたものの、今日は家族団欒に時間を取られ観る時間が取れないw。また感想があるようならレスしますね…あ、でも来週から夏季講習だな(白目)。


>賭ケグルイ

  今のところテンプレ展開が続きますね。うーん、変顔がちょっとグロすぎるかな。無料試し読みした限り原作絵はそれほどでもないんですが。

  とはいえ、はーちゃんの中の人のキレ芸って珍しいように思うので、視聴を続けていこうかなと思います。

 

ポプリはいちゅきのパートナーでしゅ!

 投稿者:cosmos  投稿日:2017年 7月16日(日)16時24分25秒
   ゆりさんのパートナーは…何だったっけ?コロン?(ひでぇw)

 今後の立ち位置が微妙なジュリオを殺すのは一見楽そうには見えるんですけど、個人的には好かん処置。なので、集中治療室(祭壇)送りだと思って強引に納得させています。
 いや~、大怪我して入院して暫く会えないっていうのは名案だなぁ~…(白目)

 尚、治療中に改造手術を受け、高額課金アイテムに改造される模様。
 

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